なぜ寿司のお米は『酢飯』なのかというの も、元々は『発酵食品としての酸味』がついていた名残とされ、今は米を発酵熟成させない代わりに酸っぱい味だけを酢で後付けしているわけである。

熟鮨から始まる鮨の歴史は浅く見ても10世紀の文献資料に出てくるが、生魚である刺身を酢飯に載せるだけの早鮨が、江戸など都市部(沿岸部)以外 で一般的なものとして普及してくるのは近代に入ってからであり(生魚を腐らせずに遠隔地・内陸部に運搬できる冷凍・冷蔵の技術は産業革命以降でないと本格 普及していないため)、今の形の寿司の食文化の歴史は長く見て100~200年といった感じになるのかもしれない。セーレン・キルケゴールが解釈したキリスト教の希望と死に至る病:人間中心主義ではない神中心主義の信仰  キリスト教にせよイスラームにせよ、一神教の神というのは『根本的な存在・価値(意味)の原理』の根拠となるものである。前の日記ではイスラム過激派のテ ロリズムや侵略の問題を近代化の視点から考えてみたが、セーレン・キルケゴールやロラン・バルトのキリスト教研究や信仰解釈についての考察記事もそれと合 わせて残しておこうと思う。